アフリカ国別情報(ケニア)
今回のTICADの開催地、ケニアとはどのような国でしょうか。ケニアの経済についてまとめています。
日本企業が知っておくべき現実とチャンス
8月27日、28日にケニアの首都ナイロビで、第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)が開催される。安倍晋三首相をはじめ、日本からも多くの政府関係者、ビジネス関係者がケニアを訪れる。現地報道によると約4000人がやってくるという。
おかげで、アフリカビジネスに関する情報も日本語でよく出回るようになった。今回はアフリカビジネスに関するよくある誤解について、書いてみたい。
アフリカ大陸全体の人口は12億人を誇る。人口構成はきれいなピラミッド型なので、これからも人口は増えていく。年齢の中位数は20歳前後で、46歳である日本と違い、消費力と労働力を備えた若い生産人口が中心だ。
ただし、人口大国であるナイジェリア(1億7000万人)、エチオピア(9700万人)、エジプト(9000万人)を除いて平均すると、1カ国あたりの人口は1600万人程度だ。国内の1億2000万人のマーケットでビジネスをしてきた日本企業にとっては多い数ではない。
地域共同体の国をあわせれば人口規模は大きい、とする主張もあるが、マーケットとしてひとまとまりにカウントできるかどうかは物流インフラの整備、関税をはじめとする越境コストの低さ、マーケット内でのニーズの統一性が条件だ。政治が決めた共同体がビジネスにおいてすぐに機能するわけではない。アフリカの国境は恣意的に引かれたと言われるが、独立から半世紀たった今、国の違いによる国民性や消費行動、商習慣の違いは予想以上に大きい。
さらに、ビジネスの視点でみるなら、都市部と農村部は明確に分けなければならない。消費行動やニーズにおける、ひとつの国の中での都市部と農村部の違いは、国と国の違いよりもずっと大きい。農村部は一般的に人口密度が低く、モノが流れる仕組みが整備されていない。マーケットのサイズを計算する際は、アクセス可能な人口のみを算入しなければいけない。おのずから、日本市場とは違うビジネス設計が必要となる。
アフリカは「最後のフロンティア」と呼ばれるが、その言葉から受ける、需要が手付かずのまま残されているという印象は、たいていの場合正しくない。ひとたびビジネスの検討を開始するとすぐに、すでに誰かが似たビジネスを行っていることに気づくだろう。
たとえば、まだ電化が進んでいない地域へのオフグリッドでの電力供給。電力のニーズは高いものの、ソーラーランタンを売る企業はすでに外資、現地企業が無数に入り乱れている。10ドル~20ドルで販売され、どこでも手に入る。このような市場に少しばかり長持ちする丈夫な日本製品を2倍や3倍の価格でもってきても、競争には勝てない。
「こういう商品はアフリカで売れますか」という質問をよく受ける。商品に対するニーズがあったとしても、似たような商品はすでに出回っているのだから、価格を安くするか、販売力で相手を凌駕するか、ゲームチェンジャーになるしかない。
たとえば、ケニアの農村部には「M-KOPA(エムコパ。スワヒリ語で「モバイルで借りる」の意味)」というサービスがある。家庭用ソーラーシステムをモバイルマネーによって割賦販売するもので、装置内に組み込まれたSIMカードを使って配電と支払いを管理できるスマートメーターだ。ローンを支払い終えるとテレビなど追加の電化製品が購入でき、その支払いもまたモバイルマネーで管理する。電力サービスを、ランタンの売り切りから、ローンを用いて家庭の電力需要を総取りするモデルへと変えたゲームチェンジャーだ。
M-KOPAを売る会社はあわせて、700人の営業人員と1000のエージェントと大量の営業人員を投入して面をとる営業を行っている。そしてその売れ行きをみて、さっそくドイツ企業やウガンダ企業が参入してきた。アフリカのビジネスにおいては「こういう商品はアフリカで売れますか」よりも、「どのような方法で売るべきですか」と、売り方を聞くのが正しい質問なのだ。
中国はインフラや資源のみならず、アフリカにおける軽工業への投資に力を入れており、アフリカ大陸に15の工業団地を持つ。ただし、アフリカでの競争相手は中国のみではない。
最近は、これまでアフリカとは関係が浅いと見られてきた国々のアフリカ進出も目立ってきている。たとえばベトナムの通信会社ベトテルは、モザンビークの携帯通信事業でトップのシェアを持つ。ナイジェリアで朝食として食べられているインスタントヌードルにおいて、6割を超えるシェアを持つのはインドネシア企業が販売するインドミーだ。アメリカは中国への対抗意識からアフリカに注力し始め、トルコは企業団を頻繁に送り込んでいる。さらには競争相手は外資系企業のみでなく、現地企業が先行者利益を得ている商材も多い。
ケニアで携帯電話のSMSを使ったバンキングシステムである「M-PESA(エムペサ)」が爆発的に普及したことで、アフリカはリープフロッグ(蛙跳び。新しい技術が、それより古い技術が存在していないのに一足飛びに導入されること)により携帯が普及し、銀行口座を持たない人のあいだでモバイルバンキングが一般的になっているという印象が持たれている。
モバイルマネーを下敷きにした新たなサービスも、多く生まれている。先に紹介したM-KOPAもそのうちのひとつだ。モバイルマネーやSNSに蓄積された情報を信用情報として用いて、少額ローンをモバイルマネー経由で提供するサービスもケニアで大人気だ。まさに「フィンテック」の実例がここにはある。
ただし、国によって普及度には大きな違いがある。正確にいうと、これほどモバイルマネーが普及しているのは、アフリカの中でもケニアと東アフリカの数か国だけだと言ってもよいかもしれない。
ムーディーズが今年発表した調査によると、アフリカ各国のモバイルマネー口座保有率は、ケニアが圧倒的に高く6割弱、続くのはウガンダの35%、コートジボワールの25%となる。他の国はそれより低い。
当社アフリカビジネスパートナーズが拠点を持つ5カ国の中でも、ケニアだと使っていないと逆に「なぜ?」と聞かれるくらいモバイルマネーが常識である一方、ナイジェリアは既存の金融機関が強いため、普及しているのは銀行口座をモバイルで操作できるという意味での銀行口座のモバイルサービスのみだ。携帯のみで金銭のやりとりができる、M-PESAのような狭義のモバイルバンキングは、ナイジェリアでは今年になってようやく始まったばかりだ。
コートジボワールでは、モバイルバンキングは存在しているものの、当社推計では実際の使用率は10%未満だ。ケニアでは一般の小規模小売店、いわゆるパパ・ママショップがモバイルマネーと現金を交換するエージェントとなったことで、普及が進んだ。パパ・ママショップは日銭があるため資金供給を受けずとも独自資金で換金のための運転資金を回すことができ、どんな田舎にも存在するため多くの人々が利用できる。コートジボワールの場合はまだ小売の密度が高くないために、エージェント網が発展しないのだ。
逆にいうと、ケニアで起こったようなモバイルマネーの普及とそれを基盤にしたさらなるサービスの誕生と発展が、アフリカのあちこちでこれから始まるという膨大な可能性が残されているとも言える。
筆者は、1960年代に作られた、アフリカで事業を行っている日本企業のリストを見たことがある。業種も多様な、驚くほど多くの、いまは大企業となった日本企業が名前を連ねていた。そのリストを見る限り業種や製品は多様で、ODAビジネスに限定されることなく、電化製品などの消費財、製造業の原料、サービスに至るまで存在し、アフリカに工場を持っていた企業も今よりあった。
当時の話を年配の方から伺うこともあるが、コンプライアンスも組織管理も不十分なままに、アフリカで貪欲に商売を作ろうとしていたその様子を聞くにつれ、当時はどの日本企業もまるでベンチャー企業のようだったのだと実感する。80年代にはそれらベンチャーのようだった企業も成熟した大企業となっていき、90年代にはアフリカ側の政情不安や日本側のODA予算の減額もあって、アフリカで事業を行う日本企業は激減した。
日本は第二次世界大戦後、すべてを失い、多くの企業はゼロから事業を立ち上げていった。国内市場はいまほどの購買力と成熟度を持っておらず、自ずと外で稼がなければ生き残れなかった。独立後新しく国と経済を再建中であったアフリカ諸国と、経済の発展段階が合っていたのだと思う。いま中国の製品がアフリカで売れているように、国内市場で販売しているものとアフリカで販売するものとの間にも大きな乖離はなかったのではないか。
いまよりずっとアフリカと日本の心理的な距離が近かった頃があった。いまも昔もアフリカと日本の間の地理的な距離は変わらない。日本や日本企業の発展の段階や外部環境が、ビジネスにおける距離を遠ざけてきたのだ。
では、現在の日本のビジネスや製品は、アフリカのマーケットに適合しないのだろうか。答えはNOだ。すでに多くの製品が実はアフリカで使用されている。
たとえば、製造業における機械・機器や原料といった分野がある。先述のインドミーが使用している製麺機は日本製だ。ナイジェリアのラゴスで、インドミーの工場長は「日本企業以外の製麺機は使いたくない」と筆者に話した。筆者はアフリカ中の多くの工場を訪問して回っているが、日本企業の製品を見かけることは意外と多い。縫製工場ではJUKIやブラザー工業のミシン、豊田自動織機の織機が使われ、YKKのジッパーが購入されている。
食品工場では日本製のオートメーション装置が使われ、ラベルプリンターや検査機器にも日本のものを見る。高度なパッケージの原料も使われている。建設産業ではマキタの工具が人気だ。島津製作所の画像診断装置や堀場製作所の糖尿病検査機器をもっと輸入したいと病院から頼まれる。大手の輸出農家に行けばブロッコリーを始めとしたサカタのタネの種子が必ず使われているし、アフリカの女性向けつけ毛の工場が買う原料はカネカなど日本の化学メーカーが提供しているのは有名な話だ。
アフリカでの競争は厳しいと先に述べたが、産業資機材については、信頼性や丈夫さ、効率性に大きな優位性がある日本の商品は比較的競争に巻き込まれず、営業費用も多くは必要とせず、販売することができる。アフリカでも、事業継続性や品質の担保、効率が大事な生産現場では、価格が高くとも日本企業の製品を使いたいのだ。
もっとも、このような品質一番の商材以外にも、日本企業にとってアフリカで事業可能性がある産業や商材は、より広範囲にわたる。さらには企業規模の大小に関わらず、効率を重視する、安定した経営を行うようになった日本企業にとって、アフリカでのビジネスは、グローバルな競争に伍せる企業や、新興国で収益を生める企業になるための、または失ってしまったベンチャースピリットを取り戻すための、機会を提供する面もある。
関西ペイントは、日本ではリーディング企業でも、世界のシェアでみると二番手集団に過ぎない。トップグループに入るために、自動車から建築用塗料へ重点を移すことを決めた後、アフリカの来たる大きなマーケット獲得のため、南アフリカの塗料メーカーを買収した。買収によって、マーケットという直接的な恩恵のみならず、世界で伍していくためのマインドセットを得たという。同社は「アジアのみで事業をやっていたときと比べて、世界市場という地図の見え方ががらりと変わった」と言う。アジアは日本にとってやはり、日本の延長線上でビジネスができる場所だ。コンテキストを同じくしないアフリカは、よその人といっしょにやっていくグローバルビジネスの入り口なのだ。
パナソニックは、アフリカにおいて家電とともにスマートフォンの販売を強化していく方針だ。インドでは中国メーカーへの生産委託によって製造したスマートフォンを販売しており、その現地会社のインド系社長はパナソニック本体の役員でもあることが、新興国での本気度をうかがわせる。
生産体制もマネジメントの方法も、おそらく日本風ではない方法になるのだろう。パナソニックがアフリカでのスマートフォンビジネスをやりきったときには、ガラパゴスなどと言わせない、新興国で他のどんな商材でも売れる強いメーカーとなっているだろう。アフリカにおいて製造業の進展や世界のサプライチェーンへの参入は喫緊の課題だ。アフリカと日本が、その両者の利害によって、再び近づく時がきている。
アフリカ大陸は日本の80倍の面積があり気候も多様だ。よって一概には言えないが、南アフリカのヨハネスブルグやケニアのナイロビなど、主要な都市は標高が高い場所にあることが多く、そのため赤道直下であっても年中冷涼だ。日本でいうと、1年を通じて避暑地の軽井沢のような気候が続く。筆者が住むナイロビはいまの7月、8月という時期はむしろ寒く、朝晩は10度程度まで冷え込む。筆者はナイロビの家で毎日フリースを着ているほどだ。寒い場所もあれば暑い場所もある。アフリカを訪れるみなさんも、気候にあわせた服装を用意して体調に気をつけてきていただければと思う。
(この記事は、日経ビジネスオンラインの連載記事「歩けば見える、リアル・アフリカ」が初出です)
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