売るために作る、アフリカでの消費財の戦い方

トヨタもナイジェリアで生産開始へ。環境整備を待っていられない

売るために作る、アフリカでの消費財の戦い方

前回の記事「アフリカで作り、世界で売る」で紹介した縫製業のように、世界のサプライチェーンに加わりつつあるものの、まだ生産性が低いアフリカの製造業。しかし、たとえばサブサハラアフリカに対する海外からの直接投資残高をみると、製造業への投資残高は35%を占め、一次産品(20%)よりも高い(他はサービスが45%。2012年時点)。製造業が成立する環境が整っていないにも関わらず、なぜアフリカの製造業に投資するのだろうか。

アフリカの製造業には、縫製業のような輸出志向型の製造業に加え、旺盛な内需を反映して、国内で消費される食品や日用品を製造するための消費地立地型の製造業が存在する。上記の直接投資残高を事業別にみると、輸出志向型に分類できる自動車、縫製に加え、建築、食品・日用品といった国内消費用の製造業が上位に上がる。

ビール工場はアフリカのどの国にもある。写真は仏カステルによるコートジボワールのビール工場(ABP撮影)

どのアフリカの国にも、ビール、飲料、石鹸・洗剤、食品、セメント、金属加工工場があり、現地企業に混ざり、外資が進出している。人口と所得が増え、都市化が進むアフリカでは、日用消費財の需要は堅調に伸びている。ハイネケン、コカ・コーラ、ユニリーバ、ネスレ、ロレアルといった多国籍企業が強い。

市場の成熟度や規模、製造業の生産性からすると決して利益が出ないと思われるような国に行っても、どこでも彼らの工場を見る。なぜそこで作るのか──。市場での競争に勝つためには、まず製造することから始めるべきであると考えているからだ。

消費財事業を途上国で展開する際に、最も重要かつ困難なのは、流通を押さえることだ。アフリカに限らず途上国で販売を行った経験のある企業なら、スーパーマーケットに商品を置くことは簡単でも、農村を含む全国津々浦々にある小さなパパママショップにあまねく商品を流通させ、決まったブランドしか買いたがらない人々に、店舗で指名買いされるブランドを作っていくことの難しさを経験しているだろう。現地企業との競争になる消費財において、外資がシェアを取るのは簡単ではない。

営業やマーケティングへの注力は当然ながら、現地で製造することで需要に応じたタイミングや場所に製品を供給できれば、流通を押さえやすくなる。多国籍企業では、すでにその国で長年事業を行っていて地場の流通を抱えこんでいる現地の工場を買収することも多い。

途上国こそ現地生産

「このような生産性の低さで、やっていけるのか」というのは、アフリカで工場を訪ねた際に思わず何度も聞いてしまった質問だ。年間の生産数量の少なさや、ワーカーの生産性をみていると、日本の工場とは雲泥の差がある。「いますぐ採算を合わせることは考えていない。でも、いま製造していることが、あとで効いてくるのです」というのがいつもの答えである。

物流や港湾での困難があるアフリカにおいては、輸入によって需要に応じた供給を行うのはむしろ難度が高い。港湾の非効率や外貨の不足、為替の変動やディストリビューターの能力不足により、安定的に輸入ができないからだ。現地で原料調達から生産までを行え、状況に応じて自社で在庫を管理できる企業が強みを持ちうる。

ナイジェリアのガソリンスタンド(ABP撮影)

人口1億8000万人を抱え、アフリカの消費地として最も注目を集めるナイジェリア。折しも原油価格の急落により、経済が悪化している。輸出の大半を原油に頼っていたためドルの調達が非常に困難になり、原材料を海外から調達していた製造業や輸入産業のビジネスが、文字通り「ストップしている」状況だ。

ナイジェリアで製造業企業を訪ねて歩いてみると、2015年半ばから始まった外貨不足の影響は甚大だ。人口密度の高いナイジェリアはアフリカの中では消費地立地型の製造業がさかんな国だ。食料や飲料、日用品はおおむね国内で製造されている。しかし、その原材料はほぼ輸入で賄われている。

リスクに備え原材料は平均して半年分ほどの在庫を持つ企業が多い。昨年いっぱいはなんとか在庫のやりくりで製造を続けられたものの、今年になってからはドルも入らず原材料も買えず、お手上げだという。工場を持たずに輸入により販売している企業はなおさら厳しい。

どの企業も1ドルでも多く受け取れるよう銀行に日参し、時には、公式レートである1ドル=199ナイラに対して400ナイラ近くまで上昇することもある非公式レートでドルを入手し、原材料を調達している。人員削減も始まっており、地道なコスト削減や生産調整によって、なんとか生き延びている状態だ。

現地調達強化が奏功したネスレ

そのような状況で、業績が好調なのがネスレだ。2014年にアフリカ事業が不振に陥り、人員削減と商品ラインナップの見直しを行うと発表したネスレは、世間にアフリカビジネスもこれまでかと衝撃を与えていた。それが、ナイジェリアについては、経済が悪化し始めた2015年において売上高で前年比6%増、純利益で7%増とむしろ回復を見せ、他の企業が最も苦しんだ2016年第1四半期でも、売上高で前年同期比31%増、純利益で126%増と一人勝ち状態となった。

ネスレはナイジェリアでは、スープストックの「マギー」やシリアル、飲料の「ミロ」、「ネスカフェ」などを2つの工場で生産しており、それらの原料となる大豆やとうもろこし粉、カカオの現地調達比率を増やしてきた。現地に生産工場を持ち、原料の輸入依存率が低いネスレのビジネスモデルが、外貨不足により、需要があれども生産がままならない他社との競争の中で強みとなった形だ。作っていたからこそ、売れたのだ。

4月にはナイジェリアの首都アブジャに56億ナイラ(約30億円)を投資し、新たに飲料水工場を稼働させた。ナイジェリア政府は工場に対する長期ローンをネスレに提供し、開設式にはブハリ大統領が参列した。

アフリカ各国では、現地で製造する外資企業に対する政府の対応は明らかに違う。たとえばエチオピア政府は明確に、外貨を稼ぐ輸出業と現地で雇用を生む製造業を優先産業として定め、外貨の割り当てやインセンティブの供与などで優遇している。

現地で製造業を行っていれば政府入札においても優遇を受けられる。サムスン電子がエチオピアでプリンターや冷蔵庫の工場を持っているのは、コストメリットの観点からではなく、優遇措置を受け、エチオピアで生産を行っている企業としてのポジションを政府や産業界のなかで保持するためだ。

トヨタもナイジェリアで現地生産を開始

一般的に日本企業は、生産性が低い製造や採算が合わない工場投資はしない傾向にある。まず製造を始めることで、流通やポジションを他社より先に手に入れて、市場での競争に備えるという考え方は、あまりなじまないようだ。

ただし、最近は日本企業にもあらたな動きが見られる。ナイジェリアにおいて、トヨタ自動車がついに組み立て生産を開始すると発表したのだ。商用車を中心に、年間3万台をナイジェリアで生産する。

これは、輸出拠点としての生産ではなく、ナイジェリア国内での販売のための生産だ。ナイジェリアではすでに日産自動車とホンダが現地生産を開始しており、生産のライセンスを取得したと現地紙が報じているほかの日本の自動車メーカーも複数ある。トヨタはナイジェリアでの新車市場で3割のシェアを占めており、「ハイラックス」を中心に商用車が売れ筋だ。昨年12月には、ナイジェリアで組み立てられたハイエースの第1号車がお披露目された。

ただしナイジェリアの場合は、別の背景もある。政府は2014年6月、国内生産への誘導のため、完成輸入車の関税率を70%まで大幅に引き上げたのだ。ナイジェリアの巨大なマーケットで新車を販売し続けるには、ナイジェリアで作るしかない状況にある。自国で製造しなければ販売もさせないという政策は、今後他国においても取り入れられるようになるだろう。

ナイジェリアで組立生産された日産車(ナイジェリアにてABP撮影)

サントリー食品はこの1月、ナイジェリアのグラクソ・スミスクラインの飲料部門に買収提案を行っている。成立すればサントリーはナイジェリアにおいて、飲料の生産、ボトリング、販売というサプライチェーンを得ることになる。ナイジェリアにおいてエアコンでシェアを持つパナソニックは、安定的な供給を実現し機会損失を防止するため、これまで輸入で対応していたエアコンとテレビを現地生産に切り替えることにしたと現地メディアで報道されている。

ヤマハ発動機はこの5月、ナイジェリアに二輪車の組み立て工場を開所した。日本たばこ産業(JT)は先日、エチオピアのタバコ専売公社の民営化の入札に、ライバルの2倍以上の価格となる560億円を提示した。現在1社独占のタバコ専売公社は、製造のみならず、エチオピア国内の流通を完全に押さえている。この工場を他社に取られれば、将来的にエチオピアの市場で高いシェアを得るのは不可能だろう。

アフリカは一部の国を除いて、製造業を行うには環境が整っていない。「アフリカなんかで製造して採算は合うの?」と問われれば、日本企業が磨いてきた生産効率のよい製造業を行う状況にはなく、すぐに採算は合わない。ただし、競争の観点からすると、環境が整うのを待っていられないのも実際だ。シェアがとれるようになり、生産性が担保できるようになったら工場投資を検討するばかりでなく、市場と流通を押さえるために、いま作り始めるという逆の発想も必要だ。

(この記事は、日経ビジネスオンラインの連載記事「歩けば見える、リアル・アフリカ」が初出です)
※引用される場合には、「アフリカビジネスパートナーズ」との出所の表記と引用におけるルールの遵守をお願いいたします。

執筆者: 梅本優香里

アフリカビジネスパートナーズ代表パートナー

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