医療と福祉を進めたマンデラの20年

「先進国病」南アフリカに生まれる市場

医療と福祉を進めたマンデラの20年

(マンデラ氏の銅像(右上)が立つ、南アフリカのヨハネスブルグにある「マンデラスクエア」前に集まる人々と献花。マンデラ氏の訃報から一夜明けた6日、筆者撮影)

12月5日、南アフリカのネルソン・マンデラ氏が亡くなった。マンデラ氏の功績により、アパルトヘイトは撤廃され、南アフリカは自由と平等の国となった。20年経った今、豊かになった人々も増えたものの、新たな課題に直面している。

南アフリカを初めて訪れた人は、ヨーロッパのような町並みと整備された道路やインフラに、「貧しい途上国アフリカ」のイメージを裏切られ、驚く。さらに見渡せば、貧しいはずのアフリカなのに、「太っている人が多い」ことにすぐに気がつくだろう。

お腹や腰回りにたっぷりとした肉がつき過ぎている人が、歩くのもつらそうにレストランから駐車場の間を移動している。ほとんど球体といっていいような、とんでもなく太っている人もちらほらと目にする。

南アフリカ最大の黒人居住区ソエトにあるスーパーマーケット。左は併設のファストフード店(ABP撮影)
南アフリカ最大の黒人居住区ソエトにあるスーパーマーケット。左は併設のファストフード店(ABP撮影)

WHO(世界保健機関)の調査によると、南アフリカでは成人の45.1%が「太り気味・肥満(BMI 25%以上)」に該当する。女性に至っては54.9%だ(日本では成人の23.2%、女性の19.9%が該当)。筆者は毎年延べ10カ国以上のアフリカ諸国をまわるが、他のアフリカ諸国から南アフリカに入ると、肥満度の高さは明らかだ。逆に、南アフリカで過ごしていると、目が慣れてしまい、自分が痩せているような錯覚に陥るので要注意である。

車社会とカロリーの高い食事が原因だろうか。炭水化物に肉と野菜のシチューで構成されるアフリカ他地域の食事と違って、南アフリカにはアメリカナイズドされた食事があふれている。ファーストフードチェーンはマクドナルドやケンタッキーといったグローバルブランドはもちろんのこと、多くの地元ブランドが存在し、どこででもポテトやハンバーガーが手に入る。貧しい人々が住むエリアでも、スーパーに並ぶチョコレートの種類は豊富だ。

食料自給率が高い畜産国・農業国である南アフリカでは、肉もイモも食用油も手に入りやすい。スーパーに並ぶステーキ肉は、最小のもので400グラム。800グラムや1キロは小さい方で、2キロの肉も並んでいる。

さらには南部の西ケープ州を中心に良質なワイン農園群が広がる。日本での知名度は低いが、フランスやイタリアを超えるといってもよい高品質の南アフリカワインが、1本300円や500円といった価格で買えるのだ。太らずにいるのは難しい。

高度医療の輸出国だが

人々と雑談をしていると、シェイプアップの話になることがとても多い。どこのジムに通っているのか、週に何回どんなプログラムをこなしているのか。あの先生は良かった、ここの運動は効果がある、など。趣味も兼ねて、ジョギング、水泳、自転車などを行っている人もよくいる。もともと、見た目の良さを気にする人達ではある。

見た目の問題で済めばいいが、肥満は健康上のリスクを抱えることになる。アフリカの疾病というと、マラリアなど感染症やHIV/AIDSが取り上げられることが多いが、これらと並んで現在大きな課題となっているのは、糖尿病や心臓病などの生活習慣病である。

南アフリカにおける病死の原因は、HIV/AIDSにも関連する結核や肺炎、腸管感染症(コレラ)に次いで、4位以下は心疾患(4位)、脳血管疾患(5位)、糖尿病(6位)と生活習慣病が続いている。また上位3死因は減少傾向にあるのに対し、生活習慣病由来の死亡は増加傾向にある。

こういった疾病を、現地の人はどのように治療しているのだろうか。実は、南アフリカの民間病院には、十分に対応できるだけの能力がある。

南アフリカ最大手民間病院グループ、ネットケアの病院(ABP撮影)
南アフリカ最大手民間病院グループ、ネットケアの病院(ABP撮影)

南アフリカの三大民間病院といえば、ネットケア(Netcare)、ライフ・ヘルスケア(Life Healthcare)、メディクリニック(Mediclinic)。いずれもヨハネスブルグ証券取引所に上場している、株式会社形態の私立病院グループである。

ビル・ゲイツ氏はちょうど1年前、ケープタウン訪問時に軽い怪我をして、ネットケアで治療を受けた。民間病院最大手のネットケアは、南アフリカに55の病院(約9000床)を持つが、イギリスにも61の病院(約3000床)を持つ。2006年、イギリス最大の私立病院グループ、ゼネラル・ヘルスケア・グループの株式50.1%を取得し経営に乗り出したのだ。いまでは売上の42%がイギリスからである。

日本の医療機器メーカーも狙う

ネットケアは南アフリカの55病院に手術室を約300室、集中治療や高度治療床数は約1500床もある。救急受け入れはもとより自前の救急車も持っており、その数は約300台。いわゆる急性期病院である。特に心臓外科手術は設備が整っているようだ(肥満外科もある)。イギリスも含め、症例数が増えるほど医師のレベルも上がる。

南アフリカの民間病院は、アフリカ諸国からの緊急移送や、アフリカ諸国、ヨーロッパなどからのメディカル・ツーリズムの受け入れ先にもなっている。みなさんもアフリカ大陸で重篤な症状に見舞われたら、まず運ばれるのは南アフリカの病院になるだろう。ちなみにこの国は、世界で最初に心臓移植を成功させた国でもある。

民間病院の業績は好調だ。ほぼ無料で受診できる公立病院でなく、費用がかかっても民間の病院で治療を受けたい層が増えている。お金を払う用意がある人に対して、設備はまだ足りていない。

民間の病院で治療を受ける人々は、民間の医療組合や医療保険に加入しているのでとりっぱぐれもない。さらに大半の病院にSAPのERPが導入され効率的なオペレーションができるネットケアのような民間病院は、投資家から投資対象として有望視されている。

サプライヤーもこのような機会を見逃すはずはなく、世界の医療機器、資材、製薬、サービス企業がこれら病院には集まってくる。

日本企業も頑張っている。テルモは血液パックや人工心肺装置、カテーテルといった循環器系の装置・商品を、ニプロは透析製品を販売している。デジタルX線装置を売り込む富士フィルムや、高機能血圧計を売っているエー・アンド・ディのような企業もある。アステラス製薬は現地法人を構え、第一三共は子会社インドのランバクシー社が、南アフリカでジェネリック医薬品を製造している。

福祉国家化が生むさらなる需要

しかしそもそも、南アフリカには、国民全てが医療を受けられるような仕組みがあるのだろうか。

南アには公立病院が約400あり、すべての人が基本的な医療を受けられる。「病院でお金を払う?払ったことなどないよ」と人々は言う。

これは政府財源によるものであり、公的医療保険制度ではない。GDPに占める医療関連予算は8.3%に上り、WHO(世界保険機構)が推奨する5%を超えている。しかしそうだとしても高額医療になると国民負担であり、カルテを作るための初期費用が払えない人もいる。また、質のよい医師や設備は民間病院に偏在している。民間病院で治療が受けられる人と、公立病院にしか行けない人に分かれ、所得によって受けられる医療の質に差が生じている。

アパルトヘイトという強烈な経験を経た南アフリカでは、政治と福祉が強く結びついている。「Disadvantaged groups」と言われる、黒人の人々などアパルトヘイト時代に不利な立場に置かれた人が受けた差別を是正するための「公平な逆差別」は、所有権、雇用、調達、あらゆる局面で実行されている。

例えば企業は、株主や経営支配権のあるポジションに黒人の人々などを配置しなければ、他の要素の評価が高くても入札で勝てない可能性がある。企業の能力とは別に、黒人の人々による企業から調達をした方が、事業上有利に働く仕組みになっている。黒人の人々が所有する農場を増やすために、土地や農業資材は黒人の人にのみ無償で提供されている。

この20年、南アフリカは、社会主義的な政策をとり、福祉を充実させることで、アパルトヘイトの負の遺産を解消しようとしてきた。市場競争原理に反したとしても、不利な立場にあった人々の社会経済参加と経済水準引き上げを行おうとするその南アフリカで、受けられる医療の質に「差別」があるのは看過されることではない。現政権は国民皆保険制度の導入を目指しており2012年4月からトライアルが始まっている。導入されれば、高額医療も含め、より多くの人が医療機関を訪れるようになる。

南アフリカのジム、Virgin Active。英ヴァージングループは、南アフリカで100を超えるジムを経営している。民間医療機関とも提携
南アフリカのジム、Virgin Active。英ヴァージングループは、南アフリカで100を超えるジムを経営している。民間医療機関とも提携

南アフリカの寿命を50代へと引き下げていたHIV/AIDSの新規感染の減少と治療効果向上により、平均寿命は少しずつ伸びている。都市化が進み寿命の延びた社会では、生活習慣病やガンといった高度な医療を必要とする疾病がますます増える。今はまだ家族で看ることが一般的であるものの、介護の社会化もじきに進むだろう。

需要は増える一方である。医療や介護、肥満対策やシェイプアップを含めたヘルスケア領域に関するビジネスにおいて、南アフリカは今後より大きな市場となる

(この記事は、日経ビジネスオンラインの連載記事「歩けば見える、リアル・アフリカ」が初出です)
※引用される場合には、「アフリカビジネスパートナーズ」との出所の表記と引用におけるルールの遵守をお願いいたします。

執筆者: 梅本優香里

アフリカビジネスパートナーズ代表パートナー

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