アフリカ国別情報(ケニア)
ケニアとはどのような国なのでしょうか。マクロ数値や経済構造について解説しています。
町工場が支えるモノづくり大国への潜在力
赤土の農村を両脇に見ながら舗装道路を走って3時間、ケニアの首都ナイロビから60kmの地方都市マチャコスには、間口が1、2メートルしかない小さな店舗兼工場が密集するエリアがあった。零細企業の工場集積地である。
このエリアは、自動車修理、金属加工、溶接、木材加工、衣料製造といった製造業の事業者約600社で構成されている。1つの工場の労働者数は数人~5人程度。小型機械やさまざまな形の機器が無秩序に並び、火花があちこちで散っている。親方と若い弟子たちが忙しく動き回っている。
ケニアには、ナイロビだけでもこのような工場集積地が5つはある。最も大きい集積地では、10ヘクタールの広さに約2000の事業者があり、約5000人の労働者がいるとされる。日本ならば、町工場が集まる東京都大田区や東大阪市のような地域にあたるだろう。
こうした零細企業の多くは集積地内で最終製品を作っており、そこに直接買いに来る顧客に販売している。顧客に近いため、ときに創意工夫した製品も生まれる。彼らによると、ケニアで販売されている、送電電力のみに頼らず充電できるようにソーラーパネルをつけた携帯電話は、こうした工場集積地にある零細企業が作ったのが最初だったという。
マチャコスの工業集積地には、工場への電力供給のために共同で運営しているという風力発電装置があった。モノが作れてニーズに近く、集積地内で分業が可能な彼らは、自ら創意工夫して作ってしまう。
こういった零細企業は、政府に登録せずに事業を行なっている。そのため、法人登記し税金を払っているフォーマルセクターの企業に対し、「インフォーマルセクター事業者」と呼ばれる。ケニアの場合、農業以外の全労働者に占めるインフォーマルセクター従事者の割合は7割を超えるとされ、その付加価値はGDP(国内総生産)の2割を占めると推計されている。
もちろん、彼らの活動は通常統計には表れない。しかし、人びとの消費活動や生計、そしてケニアの経済を支えている。
自動車修理は、インフォーマルセクターの代表的な職種である。ケニアにおいて自動車は、贅沢品から必需品になりつつある。訪れた人が誰でも驚くように、ナイロビでは増加する自動車により猛烈な交通渋滞が起こっているほどだ。
ナイロビのIT(情報技術)企業に勤めるあるケニア人男性は、「大学を出て仕事を始めて数年経つと、欲しくなるのが自分の車と家。自分の周りではみんな、30歳までに自分の車を持ちたいって思っているよ」と言う。一昔前の日本のように、若者が車を買うのを目標にしているのだ。
ケニアでは年間7万台の新規登録台数のうち、6万台が中古車。そのうち4万台が日本からの輸入車だ。これに他国を経由した輸入車と新車が加わり、目視ではケニアを走っている自動車の8、9割を日本車が占める。これらの修理を、インフォーマルセクターの企業が担っている。工場集積地の自動車修理工場の周囲には、部品を作る金属加工業者、シートを作る皮革業者、塗装業者らの工場が並んでいる。
自動車の市場が育ち、修理業者が広く存在し、いくつかの部品は国内で内製できるようになっている。それでも、国内で部品を調達し、完成車に仕上げるような自動車の産業構造はまだ生まれていない。国産自動車ブランドもまだない。
アフリカは一般的に、法定賃金の高さ、人材不足、水・電気などインフラコストの高さなどから製造業が競争力を持ちづらい地域とされている。実際、ケニアのGDPとその成長(2011年で成長率4%)への貢献度が高いのはサービス業である。人件費の安い地域に製造拠点を移すことが海外進出の勝ちパターンの1つであった日本企業が、アフリカへの進出が遅れている理由のひとつだ。
ナイロビには、零細企業より大規模な、フォーマルセクターの工場が集まる集積地もある。バイパス道路の完成により、郊外の広い土地への移転も増え、新しい工場集積地も生まれている。ただし、その大半が軽工業だ。
製造業の団体であるKAM(Kenya Manufactures and Exporters)には700近い企業が加盟しているが、食品・飲料、化学(ブレンド肥料、化粧品、塗料)、金属加工、製紙、プラスチック、ゴムの製造業者で占められる。農産物などケニア国内で原料を調達することができるものだったり、汎用的な素材から単純な工程で製造できる事業だ。
現地調達できる原料や資機材の幅が狭く、調達コストが高くつくことが、さらに製造業の発展を妨げている。人びとの購買力が上がり、市場規模が拡大している今でも国産品がその勢いに比して増えないのは、輸入品にコスト競争力で勝てないからだ。
ケニアの合計特殊出生率は4.96と高く、子供用おむつを購買するような中間層消費者は増えている。それでも、不織布などの繊維や吸収体は国内生産されておらず、売られているものはほぼ輸入品である。最近になって食品冷凍技術を持つ食品工場ができ、冷凍ポテトを現地供給できるようになったが、ケンタッキーフライドチキンはまだエジプトから冷凍ポテトを輸入している。多数のサプライヤーを必要とする自動車産業が成り立つには、まだハードルが高い。
とはいえ、組立生産はすでに行われており、商用車を中心にケニアの国産自動車は増加している。ケニア統計局が先ごろ発表した統計によると、2012年1月~10月の新規登録台数では、ケニアで組立生産された自動車が占める割合が半数にまで増えた。
トヨタは1977年に生産を開始して以来、ランドクルーザーをケニアの工場に委託して組立生産してきた。この工場は、トヨタだけでなく、世界のあらゆる自動車メーカーから委託生産を受けている。トヨタには、新たな組立工場設立の計画もあるとされる。ホンダは、今年9月からケニアで二輪の組立工場を稼働させることを発表した。二輪車は、自動車以上に市場が伸びており、年間新規登録台数はこの3年で3倍になった。
ところで、先に「ケニアの国産自動車ブランドはない」と書いたが、実は、ある。ケニアの自動車メーカー、Mobius MotorsのMobiusである。農村地域の物流手段不足を解決しようとして生まれたこの車は、世界で一番安いと言われる6000ドルのSUV(多目的スポーツ車)車。8人乗り、積載量500kgだ。アルミニウムとファイバーグラスを車体に使う。エンジンは、ケニアの修理工に馴染みが深いという理由から、トヨタ製ではないかと言われている。
昨年夏には改良されたMobius 2のプロトタイプが発表された。販売が開始されたという話はまだ聞かれないが、国産自動車を世に出すため、試作車の製造を繰り返した日本車メーカーの黎明期と同じような姿が、ここにある。
日本で海外メーカー車の組立生産がさかんに行われたのは1950年代。技術をキャッチアップし、その後、戦後多く登場した創意工夫に富む町工場と、チャレンジ精神に満ちた起業家が、日本の自動車産業を生み出した。
ケニアには東アフリカ最大の国際港湾であるモンバサ港があり、タンザニア、ウガンダといった周辺国へ輸入車が販売されていく拠点となっている。東アフリカ各国をあわせた人口は1億4000万人と日本以上の人口規模を持ち、市場は大きい。政治は安定しており、零細企業が集積していて、イノベーションの気質があり、起業家がいる。
多くの事例に見るように、途上国は先進国がたどった道のりを同じ年月をかけずともキャッチアップしていく。ケニアで自動車産業が生まれる日も近づいてきている。
(この記事は、日経ビジネスオンラインの連載記事「歩けば見える、リアル・アフリカ」が初出です)
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