- アフリカのビジネス環境
日本企業のアフリカ進出を読み解く(2)日本企業のアフリカ進出はこの10年で進んだのか
「アフリカの発見」から「再発見」までの試行錯誤
第9回目となるTICAD(アフリカ開発会議)が、2025年8月に横浜で開催されることが決まった。日本とアフリカの間で開かれる最大の会議で、この10年はビジネスが重要なトピックスとして挙げられてきた。10年を経たいま、日本企業のアフリカビジネスはどうなっているのか。弊社が発行した「アフリカビジネスに関わる日本企業リスト」の調査結果をもとに、最前線の現場から、日系企業のアフリカビジネスの現在地を考察したい。
この連載では「日本企業のアフリカ進出を読み解く」というテーマで、以下のトピックスを順次掲載する。当ページは連載2回目である。
(1)アフリカにおける日本企業、近年の6つの動き
(2)日本企業のアフリカ進出はこの10年で進んだのか
(3)欧米諸国、または中国インドなどのグローバルサウスは、アフリカに進出しているのか
(4)日本企業はアフリカで成功しているのか。アフリカビジネスの代表的な日本企業はどこか
(5)スタートアップ投資、電気自動車、気候変動といったビジネスの潮流にのる日本企業はどこか
(6)アフリカにおけるジャパン・プレミアムと日本企業のプレゼンス
(7)日本企業のアフリカビジネスの特徴-その課題と処方箋
(2)日本企業のアフリカ進出はこの10年で進んだのか
ビジネス対象としての「アフリカの発見」
連載1回目で示したように、この10年で日本企業の進出数は着実に増えている。事業内容やアプローチという観点で、この10年の変化について考察する。
アフリカが、ビジネスが可能な市場であると日本企業に広く認知されたのは、2010年代初頭である。2013年に開催されたTICAD5はビジネスをテーマに掲げ、多数の企業が参加し、大きく盛り上がった。
アフリカビジネスパートナーズはTICAD5のビジネス展示場において、「アフリカ進出支援相談デスク」という、アフリカビジネスに関しての相談を受け付ける小さなブースを運営したが、連日長蛇の列だった。アフリカをこれまで事業の対象と考えていなかった日系企業から、あらゆる相談が寄せられた。期間中ついぞ昼食を食べられず、それどころかトイレにもいけなかったのを覚えている。
この頃はまだ、企業に最初に伺うときは、地図を広げて「アフリカには54カ国あります。東アフリカとは~」という説明から入る必要があった。日本企業がビジネスの対象として「アフリカを発見」した時代である。
まずは、グローバル化を進める企業が大型買収を行った。2012年に豊田通商が仏商社のCFAOを買収した。豊田通商のアフリカ売上は、2022年決算で1兆円を超えたが、ここが始まりだ。NTTが南アフリカ創業で欧州市場に強いシステムインテグレーターDimension Dataを買収したのが2010年。この買収が、NTTのいまに続く海外進出の足がかりになった。
日本たばこ産業(JT)がスーダン、エジプトで現地企業を買収し、アフリカで販売面での事業拡大を図り始めたのもこの頃だった。関西ペイントはグローバルで勝負をするために、自動車用塗料に特化した事業構成から建築用塗料のシェアを獲得しようと2011年に南アフリカの塗料会社をTOBで買収した。サントリー食品インターナショナルは、仏オランジーナや英グラクソ・スミスクラインから欧州の飲料事業を買収し、あわせてアフリカ複数国の工場と販売拠点を得た。
日本企業がアフリカのビジネスの可能性に注目しはじめたのには、アフリカのマクロ経済が成長し、世界的に注目を浴びていた環境が背景にあった。英経済誌Ecnomistは、2000年のアフリカ特集(左)ではアフリカを「The hopeless continent(希望がない大陸)」と表現したが、その11年後の2011年には「Africa rising(台頭するアフリカ)」という特集を組み(右)、アフリカビジネスの可能性を論じた。
総合商社は、Hopelessといわれていた90年代にアフリカの支店を次々閉じていたが、この頃には再度開設に転じ、駐在員の数を増やした。
「課題の宝庫」アフリカでのソーシャルビジネス・BOPビジネス
それから10年、日本企業のアフリカ進出にも折々のブームがあった。3年後の2016年のTICAD6は、はじめてアフリカ・ケニアで開催され、当時の安倍首相や岸田外務大臣、経団連の日系企業のトップがケニアを訪れる機会になった。この頃注目を浴びていたのは、ソーシャルビジネス・BOPビジネスである。
「BOPビジネス」とは、所得が低く消費者とはみなされてこなかったが人口は多いBOP層(Bottom of Pyramid)をターゲットとして、社会的課題解決とビジネスの利益を両立させることを目指すビジネスを指す。グラミン銀行や書籍「ネクスト・マーケット」が企業人にあらたな視点を与えた頃である。
アフリカには多くの課題が存在し、ビジネスで解決できるものもあるはずだ。自社の事業が、アフリカの人々の本質的な課題解決につながるのは、企業人にとって喜びである。ただし、BOPビジネスで成功しているのは新規事業開発において黒帯級の経験がある企業であり、簡単ではない。
日清食品は2013年からケニアで即席麺の販売を開始した。即席麺は、まさに日清食品が日本で始めたときのように、貧しい人たちのための商品である。さらにその即席麺にケニアの穀物を使用し、農業における課題解決を図った。しかしちょうど同じころ、社会解決とはいわずアフリカでシンプルにマス層向けビジネスの経験を積んできたインドミーがケニアに進出。結果的に日清食品はケニアから撤退した。
この頃よく言われたもうひとつの言葉が「リープフロッグ(カエル飛びの成長)」だ。ケニアでは2007年にモバイルマネー「M-pesa(エムペサ)」の提供が開始された。日本を含む先進国では、固定電話と銀行口座が十分に普及してから携帯・スマホが登場し、レガシーがすでにあるがゆえに携帯を使った決済に切り替わるまで時間がかかった。ところがアフリカでは、その前段を飛び越して、固定電話より先に携帯・スマホが普及し、銀行口座を持つ前に先進国よりも早く携帯で決済を行っている。先進国のものさしで測ったときに、アフリカの最新テクノロジーの普及が早いことを指していう言葉だ。
しかし、飛ばした部分は残ったままだ。携帯が普及しても、基地局に電力を供給し有線でつなぐというインフラ整備はスキップできない。携帯を使った決済へのルールづくりは必要だ。アフリカは進んでいるとして、2015年に「アフリカで100億円を投じてIT事業をつくる」と発表したDMMは、すでに撤退している。
ソーシャルビジネスもBOPビジネスも、リープフロッグも、アフリカの一面をあらわしてはいるが、実際に事業を行うならば、全体像を捉えたより深い理解が必要だ。
スタートアップを通じてアフリカで事業開発
アフリカにおけるスタートアップ元年は2016年だ。Jumia(eコマース)への独Rocket Internetの出資やBranch(少額融資)への米Andreessen Horowitzによる出資などをきっかけに、ビジネスとして急成長を目指す「スタートアップ」が生まれ、投資を受けられるようになった。Ycombinatorなど海外アクセラレーターへ参加するアフリカ企業が増加したのもこの頃だ。
左のアフリカスタートアップ業界の年表と、アフリカのユニコーン一覧は、弊社「アフリカスタートアップ白書」からの抜粋である。世界的なスタートアップ投資ブームに乗って、アフリカでもユニコーンが生まれた。
ソフトバンクがビジョンファンドを通じてアフリカのスタートアップに投資を始めたのが2019年。それから2022年前半まではスタートアップの時代だった。
関連情報:スタートアップ白書(2022年上半期)
日本企業も2016年以降、まずは商社がスタートアップ投資を開始した。CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)をつくる企業も増え、またアフリカに特化したベンチャーキャピタルにLP参加する企業も増えた。
2019年に横浜で開催されたTICAD7では、総合商社5社がオフグリッド発電への出資を発表、とくに家庭用太陽光発電キットを割賦販売するビジネスモデルを持つスタートアップへの出資が相次いだ。ヤマハ発動機やダイキン工業といった現地での市場開拓を狙う事業会社も、スタートアップ投資を開始した。日本企業の投資先となったアフリカのスタートアップや、投資を望む企業が多数来日し、TICADに参加した。
多くの日本企業にとって、スタートアップ投資の目的は、フィナンシャルなリターンを得ることでない。消費者や現地産業に向けてサービスを提供するスタートアップとつながることで、市場の情報を入手したり、知見を獲得したり、自社事業とのシナジーを形成することだった。つまり、自社の事業を立ち上げるために、スタートアップを通じて情報とネットワークを手に入れようと投資を行った企業が多かった。家庭用太陽光発電キットの割賦販売が人気だったのは、農村や地方など手に届きにくい消費者へのアクセスを持っているからだ。
これがうまくいったか、日本企業の事業開発につながったかは、評価はまだこれからだろう。ただし、もともと生き残るのは千三つといわれるのがスタートアップであり、アフリカのスタートアップも2022年後半には、世界のスタートアップへの投資減速の影響を受けてしまった。調達資金を頼りにキャッシュを回していたスタートアップは一気に経営が傾き、リストラや破産が相次いだ。
関連情報:アフリカスタートアップのリストラ、事業停止、撤退、破産事例
アフリカの「再発見」
試行錯誤が繰り返されたのち、最近は、より自社の強みで勝負する「本業回帰」の流れがあるようにみえる。自らの手で、地道にアフリカビジネスを確立しようとする動きだ。
住友商事は、アジアでの携帯キャリア事業の経験を見込まれ英Vodafoneと提携を結び、その子会社ケニアサファリコムとともに、2021年エチオピアで通信事業のライセンスを取得し、エチオピアで2番目の携帯キャリアとなった。世界で鶏肉事業を行ってきた三井物産は、2022年モロッコのモロッコの養鶏・飼料会社への出資を引き上げ、2023年にはエジプトの現地養鶏企業に出資した。
ダイキン工業は、価格訴求力を出すという事業の本丸の実現のために、エアコンの現地組み立てにシフトした。
NTTは南アフリカにデータセンターを開設した。日立製作所はABBのパワーグリッド事業の買収をきっかけに、アフリカの電力事業に強い人材とネットワークを手に入れた。TOPPANは、同社の主力であるID事業とセキュリティー印刷を活かして、南アフリカとエチオピアで事業を開始した。テルモは同社の一番の強みであるカテーテルに注力するべく、南アフリカの拠点を現地法人化した。
いずれも、自社が経験がある強い領域で、直接現地の企業と協業し、顧客や市場に立脚した地に足のついたアフリカビジネスを行っている。エントリーするのは手軽ではなく、社内の意思決定を伴うが、たとえ失敗したとしても自社に知見と人材が残る方法だ。
いま弊社にお問い合わせをいただく企業に対して、地図を広げることから始めることはない。どの日本企業も、アフリカビジネスに関して一定の知識を持つ段階まできた。すでに進出している企業も増えたため、弊社も案件の半数は、進出済み企業からの事業の修正や売上の改善に関するご相談、現地での具体的なマーケティングや求人に関するものだ。
アフリカがビジネスの対象として広く認識されるきっかけとなった2013年のTICAD5から約10年経って、来年2025年には9回目のTICADが開催される。新たなアプローチによって日本企業が持つ技術や経験がアフリカで通用することを、これから証明していくことになる。
次回は3回目のトピックス「(3)欧米諸国、または中国インドなどのグローバルサウスは、アフリカに進出しているのか」について掲載する。
※引用される場合には、「アフリカビジネスパートナーズ」との出所の表記と引用におけるルールの遵守をお願いいたします。